『「何となく進学」の弊害』/ 山崎正和

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今日(2009.11.23.)の讀売新聞の「地球を読む」欄より...Orz~
「「何となく進学」の弊害 高校無料化 山崎正和 劇作家
この夏、7月8日の読売新聞が、大学入試に関する気がかりなニュースを伝えていた。学力を問う筆記試験に合格する新入生の数が減り、各種の推薦制や面接中心の「AO」試験で入学する学生が増えているという。大学の学力水準を維持するには、一般入試の合格者が最低で30%は必要だとされるのに、私学では3割強がこの水準に達しておらず、なかには1%台の大学もある。ほとんどの学長が、新入生の基礎学力の不足を感じていて、入学後に到達度試験を実施し、習熟度別のクラス編成をする大学が、国公私立の全体で80%を超えたというのである。これは寒心に耐えない事態だが、かつて大学教師をしていたわたしの実感を裏付ける数字ではある。一部の私立大学では、工学部の入学者で分数の足し算ができず、文化系で常用漢字の書けない学生がいるという実話を耳にしたこともある。基礎額力とは何かという議論もあるだろうが、これでは義務教育の完了さえ果たされていないというほかはない。一方で振り返ると、平均的な学歴を高くしようという趨勢は、第2次大戦後、一貫して強まってきた。高校入学者の割合は急速に増加し、いまでは98%に及んでいる。すでに高校は事実上、義務教育の延長になっているのである。民主党の新政権は公立高校の授業料の無料化を掲げているが、これはこの趨勢に一層の拍車をかけるだけだろう。問題は、こうした高学歴化が学力向上と結びついてこなかったという現実である。かつて意欲と努力を必要とした進学が、いつのまにか社会の惰性となり、生徒がただ何となく上級学校をめざす風潮が広まってしまった。勉強したいからではなく、みんなが行くから高校へ進む若者が増えたのである。これと並行して、戦後の義務教育には学力を確認する関所がなくなってしまった。商学校にも中学にも落第制度がなくなり、漫然と教室に座っていても卒業はできるようになった。少子化の結果、高校も質を選びさえしなければ、どんな成績の生徒でもどこかに進学できるのは、あたりまえになっている。高学歴化が惰性となり、学習に試練がなくなったおかげで、起こったことは人生のモラトリアムの長期化であった。得意な教科がなく、とくに「できること」もなく、したがって「何がしたいか」がわからない生徒がめだつ。人間は何かできることがあって、初めてしたいことが見つかるものだから、学力不足は目的意識の喪失につながるのである。そこに「自分探し」などと無責任な美辞を教えるおとながいたために、多くの青年が将来のビジョンもなく育つことになった。青春に通過儀礼がなくなり、必要な知識の「ナショナル・ミニマム(最低の必要量)」もなくなったために、おとなになれない若者が実人生を先送りしているのが、高学歴化の実態ではないのか。もう一つ、学校教育の普及がひき起こした問題は、社会そのものが持つ教育機能が衰えたことであった。かつて農家の子は田畑で、商家の子は店先で、さらに多くの子は職人の仕事場で働きながら学んでいた。そこでは技能を教えるだけでなく、国語や算数も教え、何よりもしつけと職業倫理を学ばせていた。特別の向上心を持つ若者を除いて、義務教育修了者は実社会で勉強したのであった。そういう普通の若者が減少し、やがて「金の卵」と呼ばれたのを最後に消滅して、その後に生まれたのが高校全入の趨勢だった。これは必ずしも若者の願いでもなく、社会の側の要求でもなかった。優秀だが学校の勉強が嫌いな子も少なくなかったし、中小企業の職場は後継者不足に悩み続けてきた。しかもこの趨勢の歴史は、思えばまだ半世紀にも満たないのである。高校全入は時代の必然などではなく、熱にうかされた一時の流行ではなかったのか。そういう根源的な疑いを抱いて見るのが、いまもっとも切実な教育改革の出発点のような気がしてならない。もちろん学問が好きで能力もあり、しかし貧しくて高校に進めない若者がいるのは不公正である。そういう人材は十分に選抜したうえで、授業料免除だけでなく、生活を助ける奨学金も与えるべきだろう。今後の日本が知識基盤社会として繁栄するために、これは国益にもかなう政策だと考えられる。しかし勉強は嫌いだが勤勉であり、各種の手仕事に優れている若者を国が援助しないのも、同じく不公正ではないか。現にほとんどの手仕事の職場は後継者を切望しているし、料理やファッション関係など、若者の側が憧れる手仕事も多い。不景気で養成に余裕のない状況下では、国がこの分野に教育クーポンを出すのも一案だろう。それにしてもすべての前提になるのは、国民の基礎学力の充実である。常用漢字の読み書きがおぼつかなく、分数の足し算ができない大学生がいるというのは、議論以前の問題だろう。すでに新聞のトップ記事を読み通す根気がなく、そのことを恥ずかしげもなくテレビで口にする社会人もいる。いわゆる活字離れも読書離れも、多くは国語能力の不足に起因しているように見えるのである。必要なのは専門家の検討と、国民合意の結集を急いで、今日のナショナル・ミニマムが何であるかを、あらためて決めることである。それがたぶん「読み書き、算術」であることは、ギリシャ以来の伝統から見てほぼ確実に推察できる。そのうえで義務教育段階で、そのすべてを習得することを生徒に文字通り義務づけることである。習熟度別のクラス編成も不可避だろうし、到達度試験を大学ではなく中学で行う必要もあるだろう。いまの世の中で落第や卒業不許可は乱暴だというのなら、仮進級、仮卒業後に生徒が落とした教科を取りに戻る制度をつくることも考えられる。いずれにせよ化根の要る改革だが、高校授業料の無料化にかかる予算を転用すれば、まったくむりな話でもないだろう。何ごとにも抜本的な改革を標榜する新政権に期待して、これは私が夢見るささやかな提案である。」

わたしの娘は...高校に行く意味を見失ったとき...アメリカに1年留学した(本人の意思もあって)...最初の3ヶ月は、電話の声も涙声が多くって...向こうからのPCメールはローマ字だったり...^^;
それが3ヶ月過ぎた頃から...友だちもできたのか...楽しくなったようで...いつのまにか...メールもローマ字から英語に change してた...^^ 帰国したときには...自信がついたようで...大学にみんなに1年遅れて進学したけど...惰性で行ったんではないようでした...
私自身は...奨学金をもらって大学に行き...卒業してそれを返納しました...
ただ...自分が何になりたいのかはよく分からないまま行ったんじゃないと否定はしかねます...^^;
その後卒業して...ん十年...今の仕事は自分に向いてると感じてる...^^
日本は豊かになったからこそ...モラトリアムの時間が延びたんだし...寿命そのものも伸びたんだ...
貧乏のままなら...モラトリアムなんて贅沢な時間を送る余裕もないわけで...その意味じゃ...
豊かさの鬼っ子/病理現象ともいえる...少子化だって...糖尿病が増えたのだって...メタボが指弾されるのだって...本人だけの責任じゃない...そういう時空に生まれた者の辿る宿命のような気がしてる...
豊かさとはそういうものを見失いやすいことと裏腹の関係にあるんだと思える...
ハングリー精神も失う...衣食足りて礼節を忘れちゃう...いままでそういう記事を何度もアップしてきましたけどね...^^; いま、また貧乏に向かってる日本...心配しなくっても...モラトリアムする余裕もなくなるし...糖尿病もメタボも減るだろうし...(少子化も反動化する?かどうかすぐには想像できない...^^;Orz...) ...生き残るために初めて個々人が知恵を絞り出し始めるはず...貧乏からの脱出がそのモチベーションになる一番のもとのはずなんだと思ってるから...歴史はその意味で繰り返されるのでしょうかね...?

画像:imball.blog.so-net.ne.jp/ 2007-09-24-1 より Orz~

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コメント

No title

スモークマン
たばこ・・・わたしも針が振れすぎてると思ってます...医者であろうが...人は如何様に生きる自由と権利を持ってると思ってるので...事実/情報は伝えますが...喫煙を続けるかどうかなんてその方の自由...吸いたくない自由と同じだけ吸いたい自由はあるはずだから...
分煙でなぜいけないのかって記事何回もアップしてるわたしです...^^; タバコに関してはいっぱい言いたい事ありますが...いままでにも言ってることと重複するのでこれ以上述べませんけど...^^; Orz~

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スモークマン
>L'aquoiboniste さんへ ^^
わたしの親は...貧乏だと感じてたからわたしに医学部に行ってもらいたかったんだと思ってる...^^;
わたしは自分が貧乏だなんてことは思わなかったんだけど...
わたしは物理が好きだったから...はじめはその希望校受験するも失敗...^^; オヤジの頭が真っ白けになったときドキッとしちゃった...で...受験勉強に目覚め...親の希望に沿うことに...運が良かったんだろうけど...今度は自分が親になって思ってるけど...自分の力で生きていくわけだけど...貧乏と幸せは違うこと...けっきょく...自分の好きなことができるのが一番じゃないかってこと...etc...を話してきました...余り子どもとは話ししないけど...^^;...私自身漠然としか何をして生きるのかなんてこと分からなかったし...だから...それを子どもに今求めても/聴いたって分からないって思ってる...

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L'aquoiboniste
こんにちは、

昔は例えばエンジニアになりたいから工業高校、あるいは
工学部に進学したものですが
いまは目的が後回しで偏差値で進路を決めてしまう世の中です
だから就職試験の面接で「あなたのやりたいことは」と
聞かれて絶句するのではないでしょうか
子供の頃から常に好奇心を持たせ人生で何をしたいのかを
見つけさせる努力が必要だと思います

ところで画像の新聞記事の養老先生の意見にも
激しく同意いたしますがドクターのご意見は?
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