繁栄妨げる米の孤立主義…トランプ氏の政策(地球を読む…読売2016.05.29)

画像:http://www.mag2.com/p/news/152554 より 引用 Orz~

どっちが勝っても日本は絶望。米大統領選「トランプ対ヒラリー」の悲劇イメージ 1



今日の朝刊より Orz~

「ジョセフ・ナイ 国際政治学者
米大統領線で共和党候補になることが事実上確定した実業家ドナルド・トランプ氏は、米国が持つ同盟関係の勝ちに深い懐疑を表明して来た。同氏の世界観は正に、19世紀の遺物そのものだ。当時米国は、「面倒な同盟関係」は避けるべきだという初代大統領ジョージ・ワシントンの助言に従い、欧州への関与を避けて西半球に専心する「モンロー主義」を追求していた。大規模な常備陸軍がなく、海軍も1970年代にはチリよりも小さいものだった米国は、19世紀の地球規模の勢力均衡の中ではごく控えめな役割に甘んじていた。米国を決定的に変えたのが、第一次世界大戦への参戦だ。時のウッドロー・ウィルソン大統領は伝統を破って米軍を欧州の戦闘に派遣した。それに加えて彼は、地球規模の集団安全保障体制を構築する「国際連盟」を提唱した。だが、1919年、米上院は国際連盟への加盟批准を否決した。その後米軍は本国にとどまり、米国は元の「常態」に戻った。既に地球規模の主役になっていたにも関わらず、米国は、孤立主義の毒に染まったのだ。30年代に米国がどの国とも同盟関係を持たずにいたため、経済的不況と大量殺りくと新たな世界大戦をもたらす悲惨な10年間に繋がってしまった。不吉なことに、トランプ氏が行った最も詳細な外交演説は、同氏が正にこの孤立主義と「米国第一」主義的な感情が渦巻いていた時代からの着想を得ているということを示唆する。こうした感情は米国の政治潮流の中に常に存在してきた。だが、第二次大戦の終結以降、主流になることは決してなかった。当然である。それは平和と繁栄を促進するのでなく、阻害するものだからだ。孤立主義からの脱却と国際政治における「米国の世紀」の始まりを画したのは、第二次大戦後のトルーマン大統領による決断である。それが、恒久的な同名と海外での軍事駐留につながったといえる。米国は1948年、欧州再建のための「マーシャル計画」に巨費を投じ、翌49年に北大西洋条約機構(NATO)を創設した。50年には国連軍を率いて朝鮮戦争を戦った。日本とも安全保障条約を結び、現在に至るまで米軍は欧州と日本、そして韓国に駐留し続けている。米国内には、ベトナムやイラクのように惨憺たる結果をもたらした介入政策を巡っては激しい党派間対立がある。だが、同名システムに関しては岩盤のような総意がある。それは外交政策を作ったり考えたりする人々だけではない。世論調査によれば一般国民の大多数がNATOと日米同盟を支持している。にもかかわらず、戦後70年で初めて、主要な大統領候補がこの米国の総意に疑問を突きつけているのだ。同盟は米国の力を補強するだけではない。それは例えば核兵器の危険な拡散を遅らせることで、地政学的安定も保つ。歴代の米大統領や国防長官達は時に、同盟国の防衛支出水準が低いと不満を漏らすこともあった。しかし、彼らは、同盟とは不動産契約ではなく、例えば友情のように安定をもたらす誓約と考えるべきだということを常に理解していた。19世紀の特徴は、各国が便宜的な同盟関係を結んでは組み替えていたことだった。これに対し、現代の米国の同盟は、比較的予測可能な国際秩序を支えてきた。日本のように、受け入れ国の支援のおかげで米軍をその国に駐留させた方が米国内に置くより安上がりな場合すらある。ところが、トランプ氏は、自分の政策が予測不可能であることをむしろ美徳のように称揚している。これは的との交渉では有益なこともあるかも知れないが、友人達を不安にさせる最悪のやり方だ。米国民はしばしば、同盟国の「ただ乗り」に文句を言うが、その「バス」を運転しているのは米穀自身だということに気付いていない。欧州にせよ、ロシアやインド、ブラジルあるいは中国にしても、新たな挑戦者が米国を追い抜いてバスのハンドルを奪うことは今後数十年、不可能ではないが、まずあり得ない。米国には、「過去の支配的な諸大国」と異なる特徴がある、と言うのは英国の戦略研究かローレンス・フリードマン氏だ。その違いを「米国の力の基盤が植民地支配でなく同盟関係にあること」と指摘する。同盟関係が旨さんなのと対照的に、植民地支配は負債となる。いわゆる米国衰退論は、不正確で誤解を生む文言だ。それどころか、これを真に受けた国がロシアのように冒険主義的政策に乗り出したり、中国のように近隣諸国に攻勢を強めたり、あるいは米国自身がおびえから過剰反応を起こしたりするようなら、この文言は政治的に危険な意味を孕む。米国は多くの問題があっても、絶対的な衰退はしていない。予見し得る将来、米国はどの国より強力であり続けるだろう。米国にとって真の問題は、中国その他の競争相手に追い越されることではない。多くの国家や日国家的な主体がそれぞれ力の源泉を増大させていくのに伴い、グローバル・ガバナンス(地球規模の統治)に新たな障害がもたらされると言う問題だ。真の挑戦は無秩序であり、それによって問題解決が不可能になることなのだ。トランプ氏の政策に酔って起こり得るのは米国の同盟関係の弱体化であり、それでは同氏の言う「米国を再び偉大にする」道には程遠い。今後米国は益々多くの超国家的問題に直面するだろう。その際求められるのは、米国の力を他国に「対して」だけでなく、他国と「共に」行使することだ。世界が一段と複雑化している中では、他国と最も連携している国こそが最もつよい国になる。国務省政策企画室長を努めたアン・マリー・スローター氏が「外交とは社会資本であり、国の外交的接触の濃度と広がりに依拠している」と指摘した通りだ。豪州の調査器官「ロウィー研究所」によれば、米国が有する大使館、領事館や代表部の数は世界各国のランキングで首位だ。米国は約60の同盟条約を結んでいるのに対し、中国は数えるほどしかない。英エコノミスト誌の推計では、世界150カ国中100カ国近くが米穀寄りで、反米の国は21カ国しかない。「中国の世紀」はまもなくだという主張と反対に、あれ割れは「ポスト米国の世界」に入ってはいない。米国は依然、地球規模の勢力均衡と国際故郷剤の供給をはかる動きの中心にある。しかし、米国は、軍事的、経済的、そしてソフトパワーの面でもかつてほど卓越した存在では亡くなっていくだろう。世界経済で米国の占める割合派低下し、影響を及ぼして行動を組織する能力も次第に誓約される見通しだ。だからこそ、米国にとってはこれまで異常に、同盟を維持して新たなネットワークを築いていくだけの信用を保つことが、地球規模で成功を得るための中心的課題となるのだ。」

ちょい冗長だけど...一極集中型の世界秩序にはもうならず、勢力均衡=パワーバランスの上の平和の上の繁という姿でのサステナビリティが思い描かれてるわけね ^^...米国型の勢力礎は友情にも似た絆に信を置くという、契約社会とは別次元の方に担保を預けてるところは歴史的な教訓から来たものなんでしょうねぇ ^^
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