「格差」への姿勢 違い顕著 地球を読む…読売2016.02.07.

画像:Amazon より Orz~
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今日の朝刊より…
「猪木武徳 青山学院大学特認教授
ちょうど去年の今頃、新聞をはじめ日本のメディアはこぞってフランスの経済学者トマ・ピケティ氏の大著「21世紀の資本」をめぐる論評を取り上げ、一種のブームが巻き起こっていた。海外でも、原著が英訳された一昨年春頃から有力紙と学術専門紙上で激しい議論の応酬が見られた。ピケティ氏は、先進諸国における過去30~40年の経済格差を示す膨大なデータを示した。これを根拠に富裕層への高率課税による再配分を主張する政策家と、それに対抗して自由競争の基盤を守ろうとする論者の対立が改めて人々の耳目を引くことになった。ピケティ氏の著作が知的関心の高い読者や政策担当者向けの研究解説書であったため、多くの論者が議論に加わって、まさに百家争鳴の観を呈した。経済学は「密教的科学」と呼ばれ、その「知的島国根性」を揶揄されることが多い。そうした現状の中で起きた「ピケティブーム」は、本来日常の経済生活を対象とするはずの経済学への親近感を取り戻す効果を持っていたとも言えるだろう。その後の1年を振り返ると、日本では「あの騒ぎは一体なんだったのか」と思うほどブームは冷却している。一方、英米ではこの1年間、ピケティ氏の著書についての論評が専門誌に掲載され続けてきた。ピケティ氏の粘り強い研究姿勢には行っての敬意を払っても所得や資本(富)の測定と格差拡大メカニズムの理論構造に懐疑的な論者が多く、ピケティ氏の旗色は概して悪い。今や英米の議論は、ピケティ氏と共同研究も行ったオックスフォード大の経済学者アンソニー・B・アトキンソン氏の不平等に関する研究成果(山形浩生・森本正史訳「21世紀の不平等」)を踏まえた、より現実的な政策の可能性を探ろうとする方向に動き出している。ただ、現実の政治の場では、経済格差への不満と平等化への欲求を主張する政論の中に、ピケティ氏の研究の影響がはっきりと認められる。人々は「自由」を獲得することの難しさと「自由」を失うことのコストに無感覚になる一方、「平等」には強い関心を抱く。だからこそ、格差はつねに古くて新しい問題であり続ける。この点は、米大統領選挙の前哨戦の中にも読み取ることができる。自由で競争的な経済活動によって富を増加させるべきか、あるいは競走を制限して所得や富の強力な再分配を図るべきか。その際、政府の強制力(つまり富裕者への増税)に頼って、政府支出の内容は議会に任せるのが打倒か。それよりむしろ、激しい競走で勝者が得た富は、成功者自身の自発的な社会還元の哲学に委ねるべきではないのか。大統領選では、こうした点を巡る候補者達の政治姿勢の違いが顕著に表れているのだ。

to be continued…
手と目が疲れた…^^;
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